『gente』は、障がいを持つ人の日常や仕事を通して

それがどんな障がいなのか、障がいを持つ人も、持たない人も

すこしでも、ひとつでも障がいついて識り、気づき、考える。

『人を通して障がいを識る』フリーペーパーです。

2018. 2.2  第3号予告「ようやく見つけた、人と競い合えるもの」

2018.12.1  「gente」協働、はじめます。

一番の読者として。 genteが描く、目指すべき社会。

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2019. 2.1  CAMPFIRE:ファンクラブ プロジェクトスタート!

猛烈な暑さに見舞われた2018年も、10月ともなれば日射しも落ち着いて来る頃です。にもかかわらず、浅黒く日焼けした肌を保つ目の前の男性。「日焼けサロンに通ってます。ダンスもやって楽しく仕事して、本当にいまが青春だと思ってます。」と語る彼が見せる人懐っこい笑顔からは、過去に重篤な精神障がいを抱え、幾度も入退院を繰り返していた事は想像がつきません。

 島村和宏さんは、障がいや難病を抱える多様な人たちが働くお店「LORANS.原宿店」で調理や接客、レジなどの仕事をこなし、積極的にアイデアを出すなど一緒に働く仲間からも頼りにされる存在です。しかし、実はわずか10才で精神科の受診を開始し、現在も精神科への通院と精神障がい者手帳を所持しながら働いています。外見上はわかりませんが、生活や仕事においてさまざまな困難を伴う精神障がい。あまり知る機会のない病棟の状況や発症した時の事、そして意外な回復のきっかけや仕事について、島村さんが経験したことを語っていただきました。さらに、彼が「ずっとここで頑張りたい」というほど充実感を感じている、多様な人々が一緒に働く就労環境を作り上げた株式会社LORANS.代表の福寿満希さんに、どのようにその環境を整えていったのか、福寿さんの考える障がい者雇用について、さまざまに語っていただきました。

ーここで働くようになった、きっかけというのは。

島村:ベッドメイクの仕事をしていたんですけど、そこで上司にいろいろ言われたりして、憔悴しまして…しばらくはB型(※1)で仕事しながら休養しようと思っていたんですけど、就労移行支援の方にこういう所があるよって。

ー「いろいろ言われたり」ですか。これまで働くうえで、どのような問題がおこりましたか?

島村:たとえば期待されすぎて、休日出勤が当たり前になってしまった事もありますし、逆に怒鳴られすぎてまいっちゃったりとか、いろいろですね。ストレスに弱いんで、耐えられないでやめちゃったりとか。

ー自分がストレスに弱いんだ、と気づいたのはいつ頃ですか?

島村:最近ですね。僕は30過ぎて社会復帰したんで。それまではデイケア(※2)とかB型とかにいて、ストレス少なかったです。

ーデイケアというのは、どういう場所でしょうか?

島村:精神科の病院に併設しているデイケアがありまして。デイケア行って、ご飯食べて、ゲームしたりとか。

ー初めて精神科に行ったのは、いくつの時ですか?

島村:一番最初に診断されたのが中1かな?最初に精神科行ったのが小4とかで。

ーずいぶん早いですね。理由は覚えていますか?

島村:当時の学校ってまだ体罰とかありましたよね、結構強めのが。僕はもともとおとなしい性格だったんですけど、ちょっとの失敗でも叩かれたりしていたので、先生が怖くなって、そのせいで忘れ物恐怖症になってしまって。次の日の支度をするとき、教科書とか持ち物をランドセルに揃えても、不安になって出してまた揃えてって…何回も繰り返しやるようになってしまって。それが「確認(※3)」て言うんですけど。1回につき2時間とかやるようになってしまったんですよ。これはおかしい、という事で親が病院に連れて行って。でもそこから2年くらいは診断がなくて、よくわからないまま病院に行ってましたね。

ーその後、中1の時に診断がついて病名がわかった時は、どう思いましたか?

島村:めっちゃくちゃホッとしました! 「なんで自分はここまで忘れ物を怖がってビクビクして生きてんだ」と思ってたのが、病気なんだとわかって。

ー「確認」を行なっている時というのは、どういう気分なのですか?

島村:自分ではきちんと揃えたとわかってて、でもやっぱり「忘れてるんじゃないか」ってまた全部出してやり直して…苦しいんですよ。やめたいんですよね。でも「忘れ物したら困る」って不安から、やめられないんです。そのうちガスの元栓が気になったり、ドアの鍵を何回も確認したりとか。それが「強迫性障がい」の症状なんですけど。

ーきちんと支度したはずだとわかっていても、不安になって「確認」してしまう。

島村:そうです。全部出してやり直して、繰り返してるうちに嫌になって投げ出したりして「もうどうしたらいいんだ」ってなって…でも今は改善して全く「確認」は無いんですけどね。今は別の診断がついています。

ー症状が出て病名がつきましたが、学校生活においても支障がありましたか?

島村:はい。中1の時が一番「確認」が酷かったと思います。「確認」が終わらないから、最終下校時刻になっても帰れなくて…「探し物をしてる」ってごまかしたりして。でも中2の時に父の仕事の都合でアメリカへ行ったんですね。その一年間は「確認」もせず全く問題なく過ごしてました。楽しくてしょうがなくて。

ーその後、帰国してからはどうでしたか?

島村:中3になって同じ学校に戻ったんです。僕は中1の時いじめられてたんですけど、そいつらが当然またいて。前ほど酷くなかったんですけど、どんどんストレスが強くなって、症状も悪化してしまって。2学期におばあちゃんの所に住民票を移して転校したんです。でもうまくいかなくて。中3の3学期から不登校になりました。

ーその間、通院や服薬はしていたのですか?

島村:あんまり覚えてないんですけど、薬は飲んでたし病院も通ってたと思います。中3の時はカウンセリング行ってましたけど、説明がないから意味がわかんなくて。治療って感じでもないし。

ー通院やカウンセリングに対しては治療という意識を持てませんでしたか?これで良くなるとか。

島村:全くないですね。説明もないし。

ー不登校になってしまって、その後は?

島村:不登校になってからは実家に戻って引きこもってしまって。家で暴れたりしてたんですよ。「確認」もあるしイライラしてて。で、中学を卒業した年の6月に入院して。そのまま4年間精神科に入院しました。病院から定時制高校に行ったんですけどね。

ー病院から定時制高校へ通ったんですか?

島村:はい、通いました。でも結局、退院後に学校は辞めてしまいました。退院して自由になったら遊びを覚えちゃって、結局。その後また入院して、デイケア通いになって、また入院して。

ー10代半ばから、入院期間がかなりありますね。

島村:そうですね、22歳くらいまでは病院にいました。

ーその間の診断は、強迫性障がいですか?

島村:その時は薬でぐちゃぐちゃにされていたんだと思うんです。精神分裂病(現在は統合失調症に呼称変更)だとかいろいろ言われて。薬が効きすぎてテンションが上がって、変な事しちゃったりとかしてましてたので。

ー現在ほど精神疾患や心療内科の受診が一般的ではない時代では、薬のコントロールなども今とは違っていたんでしょうね。

島村:当時は薬が荒いですよね。今みたいに良い薬が無かったんで、眠る薬は何日も眠ってしまったり、気分が上がる薬はガーっと上がってしまったり。副作用もひどかったし。そういう中での行動で診断するのも、どうかと思ってましたけど。

ー今とは薬も違って、効果が強すぎたり振り幅が強すぎて、そのために生活が荒れてしまった、と感じているわけですね。

島村:一日30錠とか薬飲まされてましたからね、病院では。口の中に入れられて。身体拘束もされていましたし。暴れたりするわけじゃないのに、ですよ。院長の治療方針だったらしいです。2か月の間、身体拘束されていました。

ー身体拘束となると、一日中ベットで寝ているだけですか?

島村:そうです。2か月間、ずっと仰向けのまま手も足も縛られて。体がかゆくても搔けないのがつらくて。ナースコールは一応あったけど、押しても来ないし、来ても「うるさい」って言われるし。

ー食事やトイレなどは?

島村:食事は看護師が食べさせてくれます。トイレはバルーン(※4)を入れられてました。

ー…その状態で、どんな気持ちでしたか?

島村:辛いです。とにかく帰りたいし逃げ出したいけど、縛られているので。ひたすら天井の模様を数えたり、何に見えるかな、とか。

ー入院の原因は家で暴れたから?

島村:僕、一応は自主入院なんですよ。入院を勧められて、期間を聞いたら一年くらいだって言われて。一年間だったら「完全に治れば高校にも行けるかも」と思ったんですけど、結局は4年間。

ーそれで、いきなり拘束なんですか?

島村:そうです。入院となって注射打たれて。目が覚めたら拘束されてました。その病院では全員、入院したらまず拘束です。

ーでは、拘束が解かれた後の入院生活は?

島村:大部屋に移って、はじめは馴染めなくて。でも長くいると地位も上がって来て、それからは楽しかったです。思春期病棟だったんで、ほぼ同世代で10代後半から20代ばかりで。高校の寮生活みたいな感じでしたね。みんなでふざけたり、ちょっと悪い事したりとか。

ー日中はデイケアのような過ごし方ですか?

島村:そうですね。歌ったり、散歩したり、ソフトボールをやったりして。そこは解放病棟だったんで時間を届け出れば外出も出来るんですよ。で、みんなでファミレス行ったりとかしてました。

ー現在は薬の処方などについては、だいぶ変わってきているのでしょうか。

島村:そこは全然違いますね。薬は減らす方向ですよね。薬自体も良いのができているし、昔は飲ませればいい、みたいな考え方があったと思いますけど、今はできるだけ少なくしようという。依存症状が出る人がいるので、なるべく量を減らして。どんどん新薬も出てますしね。

ー入院や服薬によって「確認」などの症状は改善したのですか?

島村:いえ、変わらないです。「確認」はしてました。病院で良くなったとかは全然感じないです。

□CAMFIREファンクラブ…¥620(月額)

 クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE/ファンクラブ」からの

 継続ご支援です。詳細は下記urlをご覧下さい。

   https://camp-fire.jp/projects/view/113522

□団体企業協賛S…¥300,000(年間/1口)

 webサイトおよび誌面に広告(中)を掲載いたします。

□団体企業協賛G…¥600,000(年間/1口)

 webサイトおよび誌面に広告(大)を掲載いたします。

□団体企業協賛U…¥1,000,000(年間/1口)

 webサイトおよび表紙面に広告(特大)を掲載、タイトルに

 「Supported by〜」と社名記載いたします。

いつの頃からか、漠然とした疑問を感じていました。

「なぜ、いつまでたっても障がい者は『特別な人』のような描かれ方をされるのか」

「なぜ、社会において障がい者との接点が少ないのか」

 

注目を集めるパラアスリートを、どこか特別な人のように扱っているのではないか。

行動する障がい者を「かわいそうな人が頑張っている」ように観ているのではないか。

その行動を過度に美化、賞賛し、安易な感動の対象として消費し侮辱しているのではないか。

 

「障がい者」という言葉で、皆が自分と区別しているのではないか。

 

印刷物制作に長く携わってきた私は

「フリーペーパーを創りたい」という想いを持ち続けていました。

この二つが結びついたとき、自分の識りたいことを扱って、

自分のやりたかったことが出来るかもしれない。

そう考えてこのgente編集部を立ち上げることにしました。

 

この「gente」の一番の読者は私です。障がいの専門知識も何もない、

どこにでもいる感覚の持ち主が、その目線で識りたいことを取材していくつもりです。

団体名

所在地

設立

活動内容

団体員

代表

非営利活動団体 gente編集部

〒271-0064 千葉県松戸市

2017年11月11 日

フリーペーパー「gente」の発行および関連する事業

役員1名

大澤元貴

2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、パラスポーツやパラアスリート、

そして「バリアフリー」「ノーマライゼイション」「ユニバーサルデザイン」

「アクセシビリティ」などの障がいや社会福祉に関わる言葉が広く一般に

認知されるようになり、社会的な関心を集めるようになりました。

ではそれらの言葉が指し示す社会とは、具体的にどんなものなのでしょうか?

 

どんなひとのために、どのような事が必要なのでしょうか。

インフラや行政的な制度を整えれば、それでよいのでしょうか。

 

「障がい」と呼ばれるものには、身体/知的/発達/精神…様々あります。

それらを重複して持つ人や、程度や経緯も人それぞれ違います。

それぞれを尊重し、共に暮らし、活動するひとりひとりがそれを知らずに

バリアフリーやノーマライゼイションは、達成できるのでしょうか。

アクセシビリティは、確保されるのでしょうか。

 

インフラや制度の整備も重要です。しかし、まずはひとりひとりがすこしでも、

障がいについて識り、考えることこそが必要なのではないでしょうか。

 

「gente(ヘンテ)」は障がいを持つ人々に話を聴き、その人の目線を通して

その障がいについて識る、というコンセプトで発行するフリーペーパーです。

障がいを持ち生きるうえで、何が難しく、何には困っていないのか。

ひとりでも多くの方が彼らのリアルな声に触れ、

識る機会となることを目指しています。

理想とする社会の姿は、あらゆる人にアクセシビリティが確保され

バリアフリー、ノーマライゼイションといった

社会福祉に関わる言葉が必要のない社会になることです。

インフラや制度の整備はもちろん重要なことですが

障がいを持つ人持たない人、お互いがお互いを識り、

もっと自然に、あたり前に支えあう気持ちを表現できれば

わざわざ社会福祉に関わる言葉を使う必然性もなくなるでしょう。

 

そんな社会を目指すための、はじめの一歩として。

『gente』は情報を発信し続けていく媒体として、貢献できればと考えています。

「genteを作ってみたい!」「genteの運営を手伝いたい!」

「何ができるかわからないけど、何かしたい!」

  なんでも結構です。あなたにできることで、gente編集部に関わってみませんか?

   ※職員募集ではありません。基本的にボランティアスタッフとなります。

ひとりでも多くの人に「gente」を手に取っていただくために「gente」を置いて

いただけるスペースを募集しています。お店、学校、イベント会場、公共施設…

どんな場所でも、何部からでもできる範囲で結構です。

「gente」はNPO団体が制作するフリーペーパーです。

今後発行を継続するために、皆さまからの協賛金を必要としています。

退院後の生活や「確認」がなくなった意外な理由、さらに現在の仕事や

今後について語っていただきました。

そして島村さんが働く、多様な人々が一緒に働く就労環境を作り上げた

株式会社LORANS.代表の福寿満希さんに、どのようにその環境を

整えていったのか、福寿さんの考える障がい者雇用について、

さまざまに語っていただきました。

※当該号に掲載する場合、発行一ヶ月前までに希望部数をご連絡ください。

※発送ご希望の場合は着払いとなります。送料はお客様ご負担となります。

お問い合わせ・詳細はコチラから

入院、そして拘束。天井を見つめる日々のあと。
自分に起きていることが何なのか、わからない。 …『「確認」消失の意外な理由』につづく。
「参加する人」が必要です。 「場所」が必要です。 「支援」が必要です。

gente編集部と協働することで、genteのクリエイティブワークを

あなたの活動に活用することができます。

どんな形で参加・協働するかはアイデア次第。

皆さんにできる方法で、gente編集部を支えてください。

かわりにgente編集部が、みなさんのクリエイティブをサポートします。

詳細はお気軽にお問い合わせください。

「gente」 協 働はじめます。
「gente」のクリエイティブワークを、あなたの活動に活用しませんか? フリーペーパーを わざわざ買うって、どういうこと? 発行ごとに有志でできる。気軽な支援のカタチです。

「gente」をお買取りいただいた上で、フリーペーパーとしての配布にご協力をいただくシステムです。「gente」を応援したいけど、協賛まではちょっと…という方々にぴったりの支援方法です。イベント会場や公演での配布など、どんな配布方法でも結構です。ご協力いただいた際は当該号の誌面およびHPに「有償配架協力先」として掲載されます。また、発行号ごとに有償/無償配架を選択することも自由にできます。協賛よりも気軽に「gente」を支援することができる有償配架を、ぜひご検討ください。

(※1)就労継続支援施設にはA型とB型があり、A型は継続的な雇用契約を結び、最低賃金以上の給与を支給される。B型には雇用契約は必要なく、通所して軽作業などを行うことで、決められた工賃を受け取ることができる。

(※2)再発予防や社会復帰を目的とした通所リバビリ施設。

(※3)不安な気持ちを解消するために、ルールやルーティンを作りそれを行うことで打ち消そうとする行為。

(※4)尿道カテーテルのこと。尿道口から膀胱に通して導尿する。